クロノスとカイロス

Posted: 2011年1月6日 カテゴリー: 雑学

788918400秒。

これだけでは何のことだか理解できないでしょうw

これは四半世紀(25年)を生きた人間の時間です。
日数に換算すれば9131日となり、10000日達成まであと869日(2年4ヶ月半)となります。

このように時間は数字と単位で表すことができ、他人に初めて伝えることが可能になります。身近に存在する時計やカレンダーも確認する媒体であり、止まる事無くカウントされていく。(朝9時に出勤、夜11時に就寝など)
そのように時間を一本の川が流れるように想像すると、過去→現在→未来へと「時間は流れるもの」という概念、誰もが思う客観的な時間となり、これを『クロノスの時間』と言います。

しかし人間が日頃から実感として捉えている時間はどうでしょう?

人が感覚として認知出来る時間は、その尺度が非常に曖昧であり、時計無しでは時間を正確に捉えることさえ難しい。例えば子供の頃は時間が流れるのが遅く感じたとよく言ったり、1度限りの体験なのにすごく濃密で長く感じられた等、自分と他人の時間的感覚が必ずしも一致しない主観的な時間の概念、これを『カイロスの時間』と言います。

ギリシャの哲学では時間の概念が二つ存在すると言われ、前者で言う一日を24時間で判断する時間を『クロノス』、後者で言う内的で瞬間的な感覚で判断する時間を『カイロス』としていて、クロノスもカイロスも共に人間が生み出した仮想的な時間の表現ですが、実感として持てる時間の概念はカイロスの方だと私は思います。例として、
(クロノス → 「あと30分で講義が終る。」)
(カイロス → 「今日の講義は早く感じるなぁ」)

皆さんも感じたことが一度はあるでしょう。

カイロスが表す時間は一瞬の積み重ねであり、またそのすべてが一瞬であるとし、それこそが生物が実感として持ち得る時間。
そしてカイロスの時間は、各々個人の認識は全て異なるという点であり、共通の概念として成り立たちません。
しかしそれでは現代社会を送れるはずもなく、必然的に共通の時間概念であるクロノスを用いるしかありません。

つまり人間はクロノスの時間に縛られながら、本当はカイロスの時間の中で生きているということです。

もしも時間に対しストレスを感じているのであれば、
・自分が持てる時間は『カイロスの時間』を。
・社会との折合いには『クロノスの時間』を。

このように私は【時間の選択】を【生き方】に転化して実践しています。

今日の詞情 (某作品より抜粋)
「過去、それは彼女が犯した過ち。未来、それは光のない明日への恐れ。現在、その一瞬が私のすべて。」 

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